12月3日、衆議院憲法審査会が開かれました。
赤嶺政賢衆議院議員が、憲法改正国民投票に最低投票率がない問題の質問や、様々な問題がある公職選挙法の選挙の投票と憲法改正の国民投票は「横並び」でいいのかとの疑問が出されました。
私は、自由討議で発言しました。発言内容は、以下の通りです。
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日本共産党もとむら伸子です。
先週、改憲手続き国民投票法について、これまでの経過を申し述べました。
安倍首相が固執をし続けてきた9条をはじめとした改憲の流れのなかで、強行採決され、改憲案を通しやすい仕組みとなっています。2007年5月の成立時に参議院で18項目の附帯決議がなされるなど、提起された問題点は放置されたままです。まず、13年間放置している現行法の欠陥を議論することが大事だと思います。
欠陥の中身についてですが、例えば、2014年、憲法改正国民投票の投票権年齢を「18歳以上」とした時の参議院憲法審査会の附帯決議では、「最低投票率制度の意義・是非の検討については、憲法改正国民投票において国民主権を直接行使する主権者の意思を十分かつ正確に反映させる必要があること及び憲法改正の正当性に疑義が生じないようにすることを念頭に置き、速やかに結論を得るよう努めること。」「テレビ・ラジオの有料広告については、公平性を確保するためのメディア関係者の自主的な努力を尊重しつつ、憲法改正案に対する賛成・反対の意見が公平に扱われるよう、その方策の検討を速やかに行うこと。」などが指摘されています。
国の最高法規である憲法の改正については、主権者である国民の意思が最大限くみ尽くされていることが不可欠です。
にもかかわらず、なぜ最低投票率を設けないのでしょうか。その理由について、提案者は「投票ボイコット運動の誘発等の弊害」などがあると言われていますが、当時、自民党の渡海紀三朗議員からも“ボイコットされるような提案しかできない”ことが大変問題で、「例えば最低投票率がないということになると、投票率三割で過半数ということになると、少なくとも15%の国民しかこれには信認を与えていない。行かない人は信認を与えたんだという解釈もできないことはないですけれども、果たしてそれでいいのか」という率直な疑問が出されています。
少数の賛成で改憲案を押し通せることになりかねません。
他の論点も、主権者である国民の意思が最大限くみ尽くされているという観点で考えていくべきです。
また、憲法改正国民投票では、国民だれもが、自由に意見を表明し、改正に賛成や反対の投票を呼び掛けるなどの運動が自由にできることが原則でなければなりません。
ところが、現行法は、公務員の政治行為を伴う国民投票運動を制限し、さらに、定義があいまいな地位利用を理由として、公務員や大学教員から幼稚園の先生に至るまで、教育に携わるすべての人の国民投票運動を禁止しています。これは、主権者である国民の意思を最大限くみ尽くすことに反しています。
さらに、国会に設置される広報協議会は、改憲賛成政党が圧倒的多数を占め、広報や無料の広告などにおいても、改憲賛成政党に都合よく運営される仕組みが貫かれています。潤沢な資金力を持つ改憲推進側が有料の意見広告を買い占めてしまうようなことにも、何ら合理的な歯どめがありません。
このような欠陥は横において、公職選挙法ならびの7項目だけを急ぐ必要はありません。
そもそも、憲法改正の国民投票と選挙の投票は、投票の対象も運動の期間も運動の内容もまったく異なります。しかも、日本の公職選挙法は、「べからず法」といわれるように、民主主義や国民の参政権の保障という点でも、重大な問題を抱えています。公務員の政治的、市民的な権利を不当に制限している問題もあります。横並びでいいのかが問われなければならないと思います。
憲法は、個人の基本的人権を国家権力から不可侵のものとして保障するために、国家権力に縛りをかけるものです。
安保法制の強行はじめ憲法が守られていない、日本学術会議人事介入、桜を見る会問題の国会虚偽答弁、学問の自由はじめ精神的な自由や民主主義が脅かされている今、まずは内閣総理大臣、国務大臣をはじめ国会議員が憲法を遵守することこそ求められているということを強調し、発言といたします。