もとむら伸子(日本共産党衆議院議員)-
レポート

広島の平和記念公園で献花をしました。

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 広島に原爆が落とされ、75周年の8月6日朝6時頃、平和記念公園で献花をしました。

原爆で亡くなられたお一人お一人に心からの哀悼の意を表します。

志位和夫委員長、笠井あきら衆議院議員、井上さとし参議院議員、大平よしのぶ前衆議院議員、仁比そうへい前参議院議員、大西オサムさん、藤本さとしさん、辻つねお広島県議、近松さと子広島市議、きせ康平広島市議、中原ひろみ広島市議、中森たついち広島市議、ふじいとし子広島市議と一緒に献花しました

広島や長崎の方々を無差別に殺し、長年に渡って苦しみを与え続ける残虐な核兵器は使ってはならないことがわかりきっているのに、75年たってもなくすことが出来ていないことを申し訳なく思います。

しかも日本政府が、核兵器禁止条約を批准する立場にたっておらず、「黒い雨」訴訟に示されるように被害の実態を過小にみて、全ての被爆者の方々を救済しようとしていない・・・。

被爆者の方々が生きているうちに核兵器廃絶の大きな光がみえるようにいっそうがんばる決意をあらたにしました。

献花の後には、被爆2世の井上さとし参議院議員が卒業された広島県立国泰寺高校(広島県立広島第一中学校)に行きました。
爆心地のすぐ近くの学校で、75年前の8月6日、多くの生徒と教職員の方々が犠牲になられました。
ちょうど当時、教頭先生をやられていた方の娘さんも来られていました。
被爆し、救援活動などで3日間家に帰ってこない状況で、生きているのかどうかもご家族はわからなかったそうです。家にかえってきたその後、お亡くなりになられたとのことでした。

どれほどおつらかったことでしょう。

娘さんは、被爆の実相を語る活動など核兵器をなくす運動をずっと続けているそうです。

新型コロナ対応で、参列される人数を10分の1に縮小しての平和祈念式典では、広島市長から核兵器禁止条約の締約国になることの呼びかけ、広島県知事からの核抑止力論への反論、子ども代表の力強さ、グテーレス国連事務総長の国連としても核廃絶を最重視するビデオメッセージにパワーをいただきました。

ただ、いつものことながら安倍首相からは核兵器をなくす本気度が伝わってこないのです。日本を変えて世界を変えていきたいと改めて思いました。

広島県原爆被害者団体協議会(坪井直理事長)、広島県原爆被害者団体協議会(佐久間邦彦理事長)の皆様とも懇談をさせていただきました。

ちょうど、安倍首相が参加する広島市主催の「被爆者代表から要望を聞く会」の直後でした。

安倍首相から「黒い雨」訴訟にかんし、控訴しない、と明言されなかったことを非常に残念に思われていました。

政治を変えてほしい、とのお話もありました。

長年の被爆者の方々の人生をかけた訴えは、世界に届き、核兵器禁止条約が採択され(発効まであと10ヵ国、8月6日に3ヵ国批准し、あと7ヵ国に)、核兵器廃絶を訴えるICANがノーベル平和賞を受賞しました。

今、アメリカの若者の7割は核兵器は必要ないと答えるような変化も起きています。

日本でも政治を変えて、全ての被爆者を救済し、核兵器禁止条約に批准する国に一刻も早く変えていきたいと強く思います。

また、被爆の痕跡を今に伝える国内最大級の被爆建物であり、日本の戦争加害の実態も伝える旧広島陸軍被服支廠にも改めて訪問しました。

今、耐震性などに問題があり、4棟あるうちのいくつかを取り壊そうとの動きもあります。

被爆者の救護所としても使われた、この旧広島陸軍被服支廠4棟を遺跡として残して後世に伝え続けなければなりません。

広島平和記念資料館にも行きました。
絶対に核兵器は使ってはならない兵器であること、
廃絶しかないことが心底わかる場所です。

親子で来られている方々も多く、若い親御さんが子どもさんに伝えようとしている気持ちにも感動しました。

ぜひ多くの方々に訪れていただきたい場所です。

核兵器のむごたらしさ、戦争の愚かさを
絶対に風化させないように。

二度と繰り返さないために、あらゆる努力をしていこうと改めて決意した被爆75年の8月6日でした。

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