もとむら伸子(日本共産党衆議院議員)-
レポート

緊急シンポジウム「『表現の不自由展・その後』と歴史の真実 ~日本軍「慰安婦」など歴史の真実に向き合い、未来の教訓に~」に参加しました!

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 9月13日夜、名古屋市芸術文化センター・アートスペースで、緊急シンポジウム「『表現の不自由展・その後』と歴史の真実 ~日本軍「慰安婦」など歴史の真実に向き合い、未来の教訓に~」に参加しました。

同じ建物の別の階で、『表現の不自由展・その後』が行われていましたが、脅迫と政治的圧力で突然中止になってしまいました。
主催は、革新・愛知の会、革新名古屋北の会、西区革新懇、中区革新懇の皆様です。

 池住義憲元立教大学特任教授のコーディネートで、写真家の安世鴻(アン・セホン)さん、愛知県平和委員会理事長の高橋信さんとともに発言しました。

 韓国の写真家・安氏さんは、通訳を通して思いを語りました。
安さんは、2012年に予定されていた東京のニコンサロンでの朝鮮人元「慰安婦」の写真展が一方的な中止通告を受けたものの、仮処分を申し立てて開催を実現させてきたことを紹介。今回の展示中止が二回目だとして、「日本での表現は非常に制限的だ。政治家や右翼が自分の考えと違ったら非常識な方法を使ってでも展示を中止させるのはまともな社会ではない」と指摘しました。
 また、どうして中止になったのか主催者からの説明もなく「作家としてとても悔しかった」と強調。「脅迫で展示が中止されるならこれから誰が表現をするのか。作家は表現の場を得るために自らの作品を検閲し、自粛する社会になると思う。大村(秀章愛知県)知事は自由で安心して観覧できる場を市民のもとに返してほしい」と話しました。

 高橋さんは、企画展が中止に追い込まれた根底に、「あったこと」を「なかったこと」にし、自分好みに歴史を作り変える「歴史改ざん主義」「歴史修正主義」があると指摘しました。
 朝鮮から日本企業に強制動員された被害者をめぐって「徴用工ではなく朝鮮半島出身の労働者」などのうその解釈を繰り返す安倍内閣とそれを垂れ流すマスメディアを批判しました。
 被害者個人の請求権が消滅していないことは政府も否定していないと指摘。「被害者が救済を求め続けるのは当然だ。真の解決に向けて歴史修正主義を許さず事実を認定し、次世代に継承することが必要です。各地の碑をなくさず、教科書にもきちんと記述すべきです。若者に過去責任はないが、いま知る責任はある。将来問題を解決する責任はあります」と話しました。

私は、超党派の日韓・韓日議員連盟合同総会で、
「慰安婦問題に関し、被害当事者たちの名誉と尊厳が回復され心の傷が癒されるようにという両国の歴代政府の合意の趣旨に沿って、両国政府は共に努力することを確認した。」(2017年12月11日)との共同声明が確認されたことなどを紹介。
 慰安婦問題の解決を目指してつくられた「平和の碑」(少女像)に込められた作者の思いを紹介し、「被害の歴史を記憶し、人権のためにたたかい続ける運動を継承することが重要です。被害者を何度も傷つける状況をみんなの力で変えていきたい」と話しました。
日本政府の公式な立場を表明した1993年8月4日の「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」(※)では、5つの事実が認定されていると指摘しました。
【「河野談話」5つの事実認定】
① 「慰安所」と「慰安婦」の存在
② 「慰安所」の設置、管理等への軍の関与
③ 「慰安婦」とされる過程が「本人たちの意志に反して」いた=強制性があった
④ 「慰安所」における強制性=強制使役のもとにおかれた
⑤ 日本を別にすれば、多数が日本の植民地の朝鮮半島出身者だった。募集、移送、管理等は「本人たちの意志に反して行われた」=強制性があった
志位和夫委員長の質問にたいし、安倍晋三首相は、「河野談話」について、「見直すことは考えていません」(2015年2月17日)と答弁しています。
「暴力で支配されて表現の自由がなかった暗黒の戦争の時代に戻さないためにともに頑張りたい」と話しました。

 9月13日には、「表現の不自由展・その後」実行委員会の皆様が、展示再開を求める仮処分を名古屋地裁に申し立てました。
 そのことについて、伊藤勤也弁護士よりお話がありました。
 「『表現の不自由展・その後』の再開をもとめる愛知県民の会」の皆様からも、再開めざして発信をしていこうと力強い意見表明もありました。

 脅迫やテロ予告、表現の自由を脅かす政治的圧力がまかり通るような社会にしてはなりません。
脅迫やテロ予告への厳正な対処、警備、巡回の強化で安全確保、電話などの体制強化をし、「表現の不自由展・その後」を再開するべきです!

皆様、本当にありがとうございました<(_ _)><(_ _)><(_ _)>

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(※)慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

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1993年8月4日

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。

 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多(あまた)の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫(わ)びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。(外務省ホームページから)

 
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