自衛隊イラク派兵の日報隠ぺい問題に関する野党合同ヒアリングが4月27日、国会内で開かれました。
防衛省は、イラク派兵で、武装米兵の空輸を行った航空自衛隊の日報に関し、すでに公表されている3日分以外は発見できず、陸上自衛隊の宿営地に攻撃が集中した2004年の日報も、16日に公表した日報以外に確認できなかったとしました。
赤嶺政賢衆院議員は「非常に危険な事態があった頃の日報だ。探索の結果だからかんべんしてくれということで済まされる話ではない」と批判しました。
私は、南スーダンPKOでの航空自衛隊の「日報」は、当時の稲田防衛大臣と辰巳防衛省統合幕僚監部総括官が答弁したように「つくっていない」のか、つくっていないのであれば、どのように司令官に報告するのか、どのようにシビリアン・コントロールを効かすのか、回答を求めました。
防衛省は、航空自衛隊南スーダンPKO「日報」は見つかっていないとごまかす回答しかしませんでした。
本当に「つくっていない」のか、また次回に持ち越しになりました。
何回持ち越せば、はっきりした回答が来るのでしょうか・・・?