もとむら伸子(日本共産党衆議院議員)-
レポート

【16.03.21】3月21日午前中は、素敵な女性後援会のお二人が、旧山古志村を案内してくださいました。

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2004年10月23日の中越大震災で大きな被害をうけた山古志村。現在は、合併して長岡市となっています。
3月21日午前中は、素敵な女性後援会のお二人が、旧山古志村を案内してくださいました。

震災直後、全村避難となった山古志村。当時の長岡市内の学校などに避難し、そこから仮設住宅で数年過ごされたそうです。

阪神淡路大震災の教訓で、最初はばらばらだったのを集落ごとに再編成して、知っている人ばかりと言う安心できる状況のなかで避難生活をしのいだそうです。

家屋の被害は4割にものぼり、復旧・復興への努力が積み重ねられました。

写真にもあるように住宅再建のために自己資金1000万円でできる低コストモデル住宅などの工夫もなされました。

「仮設住宅にいたとき、日本共産党が本当によくしてくれた。がんばってほしい」と山古志の方が言ってくださいました。

山古志の名産である錦鯉の育成現場もみせていただきました。
今、ヨーロッパや中国以外のアジア(中国は香港以外は輸入禁止とのこと)で錦鯉はブームとなっており、海外からバイヤーの皆さんがこられるそうです。後継ぎの方も地域全体としているそうで、山の上のほうですが、暮らしていける生業になっていて安心しました。

「今年は燃料が高騰しなかったから助かった。円安で餌代は高くなって、そちらは困る」と語られていました。

震災前と比べ、人口が半分以下になっています。

安心してすみ続けられるようにしていかなければならないと痛感しました。
皆様、本当にありがとうございました。

 

 

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