もとむら伸子(日本共産党衆議院議員)-
レポート

NHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」 視聴メモ

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NHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」 視聴メモ

沖縄県恩納村の奇妙な建物
アメリカ軍の核ミサイル発射基地だった

広島の70倍の威力を持つ核ミサイル配備

当時のアメリカ兵

本土復帰前の沖縄に配備された

未公開映像、機密文書1000点以上集めた

世界最大級の核拠点

沖縄は核戦争で破滅の深刻な危機にあった

キューバ危機
沖縄の核ミサイルは発射直前

東西冷戦で1000発以上の配備

核の島 沖縄の真実

・・・・・・・

1953年 配備
伊江島 
米軍基地拡大
わずかな補償金で、追い出す
拒否した住民の土地はブルドーザーで潰された

核戦争のためだったことが初めて明らかになった

伊江島に爆撃場をつくることを決定 
訓練 戦闘機が低空で侵入し急上昇で核爆撃(LABS)

模擬核爆弾を使ったLABSの訓練を行っていた

元米兵
共産圏に核弾頭を投下するための訓練

アイゼンハワー大統領
核兵器を積極的に活用する方針
緊急時に備え、核兵器を沖縄に配備する

米ソの核開発競争

ソ連が水爆実験成功

朝鮮戦争、台湾海峡危機・・・沖縄を核戦略の拠点にした

核が沖縄の基地拡大をもたらした

1950年代 海兵隊
今、沖縄の米軍の7割は海兵隊

海兵隊は、核兵器があったから沖縄に来た

核兵器の急速な進歩に対応しなければ
核武装をして敵の攻撃から守ると言われていた

海兵隊は、もともと山梨県、岐阜県にいた
本土に核配備の計画があった

ビキニ環礁で核実験

1959年 基地拡大 沖縄本島の4分の1に

オネストジョン アメリカ
沖縄で核弾頭を投下する訓練

元米兵 沖縄には知らされなかった

元琉球政府の方
核兵器のことは何も知らされていなかった

ソ連が大陸間弾道ミサイル開発

沖縄ミサイル防衛計画
沖縄は極東で核兵器が集中する

嘉手納 東京ドーム600個の弾薬庫に核兵器が配備

ナイキ ハーキュリーズ

迎撃ミサイル

嘉手納を囲んで8ヵ所 迎撃ミサイル配備 基地拡大

ナイキ部隊の日報

兵士1人死亡 原因はナイキの点火
ナイキ部隊にいた元兵士

事故が起きたのは訓練の最中
1959年6月19日

那覇空港がある場所で事故
あやまって点火され、核弾頭の搭載されたミサイルが発射し、海のなかに
広島規模の20トン

米軍 内部文書
核兵器の事故は、アメリカの地位を脅かす
関係者以外、極秘
秘密裏に海から回収された

沖縄の人々は事故を知る権利があると思うと元米兵

本土は高度成長

1960年 日米安全保障条約

アメリカが、核兵器を持ち込むとき事前協議

岸信介氏 アメリカの核は必要と考えていた

条約締結にむけた文書

核持ち込みの事前協議は、沖縄を含まない、沖縄は関与せずとし、核配備を容認

伊江島
住民まきこむ悲劇

LABSの訓練 
集落のすぐ上を飛ぶ

爆音のなか「落ち着いて生活できない」と住民の方

模擬核爆弾

伊江島でも空軍の事故
伊江島の住民死亡 
原因MD6
28才の青年即死

残された妻

「馬鹿げた戦争や演習はもうやめてください。9ヵ月の子どもを抱えてどうやってくらせというのか」とアメリカに手紙書く

娘さん、今58歳

模擬核爆弾をつかった訓練中の事故と今、初めて知る
なぜ、そんなことで死ななければならなかったのか

1960年代
さらに強力な核兵器
飛行距離2400キロ メースB
広島規模の70倍の威力

核兵器と知らせることなく、配備計画

しかし、核兵器ではとの噂y
新聞社などが調べるなかで核兵器dとわかる

琉球政府 沖縄に核兵器をおかせない 日本政府に協力要請

小坂外務大臣とアメリカのラスク国務長官とのやりとり

事前に発表すると混乱するので事前の発表はしないようにできないかと小坂外務大臣

ラスク国務長官
アメリカ手続き上できない

古堅実吉さん 琉球政府の議員だった
「怒りがわいてくるね。
県民をだまして穏やかにやりなさいということでしょ」

1962年 
4つのメースB発射基地つくられる

1962年 キューバ危機
キューバに核ミサイルが配備

メースB基地で働いていた元兵士
跡地を半世紀ぶりにみる

基地の内部に初めてカメラが入った

キューバ危機の際、指令室に勤務
どこに発射するかはトップシークレット

中国をねらっていたと証言

沖縄の核は、世界全面戦争にもつながるものだった

デフコン2

キューバ危機 核戦争の瀬戸際に

いつでも発射できる体制「HOT」

当時の指令書
プルトニウム行き先は韓国

危機のときに
韓国や本土にもっていって配備

沖縄の女性と結婚した元米兵

家族には2度と会えないだろうと思った。沖縄が終わると思っていたから。ソ連が沖縄を攻撃すると思ったからと語る。

キューバ危機は回避されたが
沖縄は危機のままだった

1967年の段階で1300発の核兵器が沖縄に配備されていた

1969年 佐藤・ニクソン会談

沖縄返還 核撤去を決定

しかし核密約
緊急時には再び沖縄に持っていく

嘉手納、那覇、辺野古の弾薬庫はいつでも使えるようにする 

メルビン レアード

電話インタビューに応じていた

日米は核密約
結局沖縄を選んだ

本土復帰から45年

アメリカ、沖縄への核兵器の持ち込みについて今の状況を答えない

外務省は、核密約は無効と答えている

嘉手納弾薬庫は今も同じくらいの規模を維持

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